いつもの、買い付けの材木屋の片隅に、台湾檜の塊を見つけたのが、「ザ・

ベンチ」を作る最初のきっかけであった。もちろんその時点で、この形のベンチ

を発想するなんていうことは、これっぽっちも考えていなかったのである。(中

略)5年間、檜の塊とにらめっこをしていたことになる。その塊は現在、正確な

寸法は記録していないが、たしかW210×T150×L3000、W240×T150×L2000、

の2本からなる檜であった。(中略)私は以前から日本の美に興味をいだき、ど

うしたらヨーロッパ、アメリカナイズされずに、その日本の美を現代生活の中に

生き返らせることができるのか、疑問と悩みをかえて飛鳥・奈良・京都・出雲を

旅したり、その種の本を読みあさったりしたことがある。そういったプロセスで

私なりにわかったのは、日本人は、質素、倹約を旨としてきた民族であり、シン

プルな日本の美も木を大切に使う心の現れで、木割の合理性もそこから生まれた

のではないかと思ったのである。そこで、尺寸の30ミリを単位としたモデュール

を考え、できるだけそれに近い寸法を使うことにを一つの方法としてきたが、こ

のベンチの特徴もそこにあるとも言える。厚さはすべて30ミリ、幅は60ミリ・

150ミリの部材からできているのである。


(家具・木工通信 no6 1989年より

                     

1976年〜1982年

  1963年〜1968年

工芸、木工を専攻、ウィリアム・モリスのアーツ・アン

ド・クラフツ運動やピート・モンドリアンの造形理論に

傾倒、家具デザインの方向性が定まる。大学卒業後、後

の九州州産業大学芸術学部大山繁三郎教授の紹介により

大川の家具メーカーに入社、その頃まで伝わっていた職

人の社会を垣間見る体験をする。


1985年〜1992年


スペースデザインの基本は住空間にあるという考えから、

新制作展スペースデザイン部に日本の空間を意識した黒

のシリーズとベンチシリーズの発表を1992年第56

回展まで続けた。

1978年、国際クラフト会議が京都で開催される。その

イベントの一つ日本クラフトコンペ京都に合板による箱も

のと椅子を融合させ、和のイメージを取り入れた「重ね箱

」を発表、入賞する。その後シリーズ化する。

1982年、第2回国際デザインコンペテション大阪に日

本の床、畳を取り入れた作品「床子」を出品入選する。

佐賀大学教育学部
特設美術科学生時代&大川時代

1969年〜1971年

山永耕平作品 Vol.2 のページヘ

九州産業大学芸術学部在職時代

家具の町大川時代の修練の延長で、鉋の原理を解明すべ

く、刃砥ぎを日課としながら、教育方法の一助として木

工ろくろの技術も習得(1969年、大分県日田産業工

芸試験場にて)その後県展や工芸展に出品入選、入賞す

る。そのころ注文に応じて作った家具は少ないが、両袖

机、書棚はその一例。

プロフィールのページヘ

山永耕平 作品T


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当時、ハンス・ウェグナーやジョージ中島はあこがれの人

であった。そのザ・チェアを実測する機会を得た。その後

、日本の尺寸のモジュールに基づき日本の建築構造を取り

入れ、欅材を使った椅子を発表、その後シオジや楢などで

本格的に椅子のデザインに取り組むようになる

ベンチシリーズについて

1986年〜1990年

 周知のように、我が国は木の国と言われている。それはたぶんに、檜、杉に代表される針葉

樹を中心にした言葉だと解釈すべきである。そういった意味で、日本のイメージを出すには、

檜か杉を使いこなすことが大切である。杉はあまりに柔らか過ぎて、どう考えても椅子などの

家具材には不向きで、せめて檜のかたさは欲しい。(中略)現代生活にマッチした檜を使用し

た家具を考えることが、今も私のテーマである。下手すると、すぐに和風の「やぼったさ」に

なってしまうし、北欧のデーニッシュスタイルではおもしろくない。一昨年、一つの試みとし

て、提案したのが写真の「ヒノキノイス」である。田舎の民家でもよし、都会のマンションで

もよし、あるいは別荘の庭でもよし、いろんな所で使われ、どこにでもある様な、平凡でめだ

たないが存在感があり、そこに置かれた椅子が丈夫で長持ちしそうな、一見、不細工であるが

、よく見ると美しく、スマートである様な、そんな椅子を想定して考えたつもりである。

(家具・木工通信 no6 1989年より)

 

ヒノキノイス

1968年 卒業制作

1969年大川風浪宮大祭

小イス

ハシゴイス

重ね箱

ザグ

床子

1972年頃


1972年〜1975年

1987年〜1995年

ヒノキノイスについて

日本のイメージを出すためには日本独特の引く式の鉋の

削り面を活かすべきという考えで、人間工学を取り入れ

たヒノキの椅子を第37回新制作展スペースデザイン部に

初出品入選する。その後、新制作展にしぼり、木工技術

を活かした直線形態の椅子の発表を続ける。